写真・文=大窪宏美(equbo*)
木々に囲まれた細い山道を抜け、ゆるやかな峠を上がりきると、集落の入り口を護る勧請縄の先に視界が大きく開けます。広々とした空、山肌を覆う棚田、その中に点々と建つ日本家屋。空と山に抱かれた美しい集落「深野」に今回のホストファミリーである北森一家は住んでいます。
一日目の朝。よく晴れた空の下、参加者の小原さん一家はやってきました。玄関先に車を停め、出迎えた克弥さん・由季さん夫妻と対面します。
望さん:めっちゃいいとこですね。今日は晴れてるっていうのもあるけど、広々として日当たりも良くて。室生には何度も来てるけど、こんな場所があるって知らんかった。
明るい庭から見下ろす開けた景色に、望さんはすっかり魅せられた様子。エイミーさんに抱かれて車を降りた長男の弥呂九くんは、初めての場所に少し緊張した面持ちでした。
家に入ってお互いに自己紹介と挨拶を済ませ、3日分の荷物を運び込みます。
恥ずかしがってなかなか車を降りられずにいた長女の以呂波ちゃんの様子を見に行くと、いつの間にか北森家の次男・心野くん、末っ子の月基ちゃんと一緒に砂場遊びに夢中でした。
大人もちょっと一息つこうと、望さん自ら焙煎しているというこだわりの豆でコーヒータイム。
おいしい~! どうやって焙煎してるんですか? 淹れ方のコツは…?
コーヒー談義に花が咲き、こちらもすっかり打ち解けることができました。一休みした後は、さっそく深野散策へ。
道すがら出会った住民の方々とも交流しながら神社の氏神様にお参りし、田畑の間をぐるりと抜けて家に戻ります。子どもたちも花を摘んだり小枝を拾ったりと、自然を楽しみながら歩いていました。
用意してもらった昼食をいただき、午後からは実際に室生地区内に移住してこられたご家族のもとへお話を伺いに出かけます。
まず向かったのは、お隣の集落に住む小山田さんご夫妻のお宅。由季さんが「いつ行ってもワクワクする、大人のワンダーランド!」と称するご自宅は、随所に工夫と想いが詰まっており、一同興味津々です。
離れと蔵はフォトスタジオ兼ギャラリー「Hi Studio もとたねしゃ」として、洗練された美しい空間に改修されています。建物の修繕やこの集落の生活環境、仕事、取り組んでいる「大地の再生」についてなど、小山田さんはひとつひとつ丁寧に質問に答えながら案内してくださいました。
お礼を伝えて歩き出したところ、後ろから「おーい」と呼び止める声。忘れ物かと振り返れば、「皆で食べてね」と手作りのバナナケーキをお土産に手渡してくださいました。
次のお約束まで少し時間もあったので、深野から車で15分ほどの市街地、三重県名張市へ。北森さんもよく訪れるという有機野菜と自然食品のお店に立ち寄ります。偶然にも、翌日の交流会でお会いする予定だったお友達とばったり。ご挨拶をして、それぞれにお買い物を楽しみました。
次に向かったのは北森家からもほど近い本願さんのお宅です。お茶を出してくださり、先程いただいたバナナケーキを皆で頬張りながら、家を探す際に意識したことや、現在の暮らし、仕事、市の補助についてなど、じっくりとお話を伺います。
この地に移住するまでの経緯を聞きながら本願さんの過去の写真を眺めるうち、思いもよらない出来事が起こりました。
望さん:あれ、この写真俺も写ってる!
なんと10年以上前に本願さんと望さんは出会っていたのです。言葉を交わしたことはありませんでしたが、仕事の関係で同じ時間を共有したことがあったお二人。あまりの偶然に、その場にいた全員が驚き、不思議なご縁の力を感じた出来事でした。
本願さん宅で2時間じっくりとお話を伺い、お礼を伝えて帰宅すると、小学校から帰ってきた長女の日彩ちゃんと長男の友都くんも一緒に迎えてくれました。
今夜の夕食は大阪出身の由季さんお手製のお好み焼きと、デザートの米粉シフォンケーキ。焼き立てホカホカのお好み焼きに、以呂波ちゃんがソースとマヨネーズでデコレーションしてくれます。
大きなテーブルを囲んで皆で食べるおいしいごはんは、大家族の一員になったようで、とっても楽しく温かなひとときでした。
二日目の朝、こんがり焼けたトーストと、望さんが淹れてくれるコーヒーの芳ばしい香りに包まれて一日がスタートしました。「おはよう」と声をかけあって、北森家4世代の家族が次々にリビングに集まる中、最年長者のおばあちゃんは、席につくなり裁縫仕事に取り掛かります。
実は昨日、以呂波ちゃんの洋服のボタンがひとつ無くなってしまったのでした。お気に入りのワンピースと揃いのジャケットの第一ボタン。
野原を捜索しましたが見つからず、由季さんが持っていたボタンの中からひとつ選んで、「ここに付けてほしい」と手紙を書いておいたのです。お裁縫が得意なおばあちゃんにとっては、まさに朝飯前。一針一針丁寧に、けれどあっという間に針仕事は終わり、紫色のお花ボタンが咲いたジャケットは、世界にただひとつの思い出の品になりました。
朝食を済ませたら、克弥さんと望さんの二人は井戸水を汲みに行く準備を始めます。深野には上水道が通っていますが、飲食用の水は克弥さんが二日に一回、裏山を歩いて汲みに行っているそう。食べ物やライフラインの自給に興味のある望さんは、ぜひ同行したいと自身もタンクを用意していました。
水道が通る前、北森家の生活用水はすべてこの井戸で賄われていました。当時はパイプがつながっており、井戸まで汲みに行かずともこの水を使うことができたそうです。しかし、あるとき歩いて20分ほどの道のりのどこかでパイプが破損し、井戸水は家まで届かなくなってしまいました。直そうにも破損個所を見つけるだけで一苦労。その頃には水道水が使えたこともあって、一旦修理を諦めたそうです。
克弥さん:昔、この辺は闇米を作る棚田やったらしいです。生きていくために必要やったんでしょうね。その後植林されたけど、もともと田んぼやったから木も倒れやすくて、手入れが十分行き届いてないせいで暗いし、荒れてる。ここを仲間たちと手入れしていきたいって話してるんですよ。重い水を持って往復するのは手間やけど、こうして山の中を歩いていろいろ考える時間を持つのも大切なんかなって感じてます。
途中で拾った杉葉のフィルターを手早く交換し、ちょろちょろと流れだす水を汲みながら、克弥さんはこの場所への思いを話してくれました。
望さんは頷きながら「ここはこうしたらいいんちゃう?」「こんなんはどう?」と次々にアイデアを出します。自身が思い描く移住後の暮らしのイメージが少しずつ確かなものへと固まっていく様子が、生き生きとした表情からも感じられました。
帰宅後、着替えを済ませて一休みし、車でご友人宅へ向かいました。こちらも移住者のエルドリッジさん一家は、ご主人がオーストラリアのご出身。日本語も堪能なエイミーさんですが、英語で気軽に話せること、出身国が近いこともあり、これまで以上に会話がはずみます。
おいしいお茶と手作りケーキをいただきながら、日本での働き方や家探し、改修のこと、子育てについてなど、じっくりとお話できた様子でした。
周辺の集落の様子と知人からの空き家情報を併せて克弥さんに案内してもらいながら、お昼過ぎに一旦帰宅。昼食に用意してくれていたそぼろ丼とお吸い物をいただきます。
先程お邪魔したエルドリッジ家から姉妹がやってきて、女の子たちは夜の交流会に向けてドレスアップを始めました。
それぞれとっておきのワンピースに着替え、日彩ちゃんのアクセサリーを借りて身に着けたり、美容室ごっこで由季さんに髪をセットしてもらったりと大はしゃぎ。各家の子どもたち8人が皆入り交じって楽しく遊ぶ姿を、小原夫妻は目を細めて見守っていました。
楽しそうに遊ぶ子どもたちを北森家にお任せし、次は室生地区内の砥取(ととり)という集落にあるジビエ専門店「星くらジビエ」へ。
オーナーの岡村さんは保健師・看護師の資格を持つ猟師でありながら、近隣の古民家を改修して賃貸物件として貸し出す事業も展開されています。
同じく狩猟免許を持つ望さんは、地元で捕れた鹿や猪を精肉して販売するしくみに興味津々。また、ニュージーランドでは牧場の食品加工システムに携わっていたエイミーさんも、度々頷きながら制度や衛生管理等に関して熱心に耳を傾けていました。
解体・精肉設備について一通り説明を受けた後、店内でゆっくりと岡村さんのお話を伺います。大和当帰のお茶をいただきながら、ご自身の移住時の家探し、活用できる制度、仕事の作り方や小原さんの現状に見合う暮らし方など、一つひとつ丁寧に説明し、提案してくださいます。もうすぐ売りに出そうな空き家の情報などもあり、とても有意義な時間を過ごすことができました。
夜は地域の方との交流会が行われました。二日間で出会った家族や深野の集落に住まう方、このプロジェクトを担当する県職員や参加するきっかけを作ってくれた夫婦と子どもたち。それぞれに料理を持ち寄って、大人も子どもも大盛り上がりの大宴会です。
くだけた雰囲気の中で気兼ねなく言葉を交わし、時に冗談を言ったり、真剣に語り合ったり…終盤になると出会ったばかりだということを忘れてしまいそうなほど、打ち解けた雰囲気でした。
そして最終日の朝。外は小雨が降って、しっとりとした空気に包まれています。
朝食は林檎のパンケーキとフルーツの盛り合わせ。バターのよい香りが漂うリビングで、和やかなひとときを過ごします。
おしゃべりを楽しみながら今日一日の工程を確認した後、昨夜の交流会にも来てくれた友人夫婦のお宅に向かいました。
これまでお話を伺ってきた方々の住まいは、古い空き家を購入して改修されていましたが、こちらは新築の一軒家です。
元々田んぼだった土地の改善方法や、おすすめの庭木、伝統工法で建てられた家の特徴や素材についてなど一つひとつ丁寧に説明してくださり、古民家暮らしとはまた違った魅力にも触れることができました。
一度帰宅し昼食をとった後、地元の不動産会社の方と待ち合わせて、空き家の内見へ。家の規模や傷み具合、立地など、残念ながら今回見学した二軒の空き家は希望の条件とは見合いませんでしたが、たくさんの物件を見るほどに、妥協できる部分とできない部分、叶えたい暮らしの在り方が明確になっていくように感じられました。
そうこうするうちに、あっという間にお別れの夜。皆で最後の夕食を食べ、穏やかな時間を過ごします。
偶然にもこの日が8歳のお誕生日だった友都くんに望さんからサプライズプレゼントが渡され、それを見ていた以呂波ちゃんも手作りのお祝いを用意したようでした。
惜しみながらもお別れの挨拶をし、家族みんなで小原家の出発を見送ります。一人ひとりに声をかけ、手を握り合いました。
3日間という短い期間ではありますが、その中で生まれた温かな絆を感じ、きっとこのご縁はこれからが始まりで、小原さんたちの住まいが宇陀市内に決まってもそうではなくても、ずっと長く続いていくつながりになるだろうと感じました。
長くも短くも感じられた濃密で温かな時間。宇陀で実施した「暮らす奥大和」は、私にとっても忘れられないひとときとなりました。
子どもたちが安心してずっと住み続けられる、大人になってからも帰ってきたくなるような家にしたい。
そんな小原夫妻の想いが叶えられる素敵な住処が見つかることを、心から祈っています。
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