暮らす奥大和
Try Living in Okuyamato.
Organized by Nara Pref.

レポート 2023.3.31(Fri)

農ある生活を思い描く夫婦が、山暮らしのリアルに触れた5日間。

広い空と清らかな水、そびえ立つ雄大な山々。面積の約半分が吉野熊野国立公園に指定された自然豊かな下北山村では、国道沿いに並ぶ約1000本のソメイヨシノの蕾が今にも綻びそうに膨らんで、始まりの季節を感じさせてくれます。

「暮らす奥大和」下北山村編の一日目。前日の夜に到着した高野さん一家は、心地よい春の日差しの中、ゆったりとした朝を迎えていました。

先月生まれたばかりの小野家の次女・桃百佳(ももか)ちゃんも、皆に囲まれてスヤスヤと気持ち良さそうに眠っています。

ホストファミリーである小野夫妻は、お二人とも県外出身。世界のローカルな暮らしを訪ねて回り、「人と地球に優しいステキな暮らし」のエッセンスを学ぶ約3年間の世界一周ハネムーンを経て、2017年にこの村に移住してきました。

現在自宅敷地内には一棟貸しの宿「山の家 晴々-haru∞baru-」と約2年という歳月をかけて完全セルフビルドで造り上げたカフェ「マキビトcafe」に加え住居となる離れがあり、眼前には自給用の畑や手作りの鶏舎、大家さんから引き継いだというビオトープが広がっています。

4日間のプログラムの始まりに、まずは小野家の日常を共に過ごし、ありのままの暮らしぶりを体験する時間を過ごします。朝食を済ませ身支度を整えたら、住居横のほだ木から椎茸を収穫。正晴さんに教わりながら、採り頃のものをひとつひとつ摘み取っていきます。

冬の間じっと暖かくなるのを待っていたこの時期の原木椎茸は、旨味も栄養もぎゅっと詰まっています。普段は苦手で食べられないという高野家の葉瑠ちゃん・七椛ちゃん姉妹も、自分で収穫したものならチャレンジできるかもしれません。

ザルいっぱいに採れた椎茸を日当たりの良いテラスにおいて、お次は鶏たちが産んだ卵を集めに行きます。小野家の長女・心々梛(ここな)ちゃんが葉瑠ちゃん・七椛ちゃんと連れ立って歩く様子は、まるで三姉妹。「ここちゃん、こっちだよ~!」葉瑠ちゃんは小さい心々梛ちゃんが可愛くてたまらないようで、高野夫妻はそんな三人を微笑ましく見守っていました。

正晴さんお手製の鶏舎には平飼いの元気な鶏がたくさん住んでいます。

調理時に出る野菜の皮や芯などを蒔き、鶏たちがそれを一生懸命啄む間に、生みたての卵を産卵箱から拾い集めました。

敷地のすぐ横を流れる西ノ川から取水する用水路で、卵についた泥を洗い流す作業をお手伝い。割らないように、落とさないように、そっと優しく、たわしでゴシゴシ洗います。

お水冷たぁい! ううん、お水よりもっと冷たいよ!!

水道水にはない水の冷たさに子どもたちは驚きながらも、初めての体験に夢中になっていました。

朝のひと仕事を終えたら、皆で散策に出かけます。

近くの住吉神社にご挨拶したり、とっておきの川遊びスポットを覗いたり。小野家の田んぼがあるエリアを眺めながらこの村の稲作について話を聞き、大自然に囲まれた下北山での暮らしに触れた潔樹さんと詠子さん。「ここは気の流れがいいね」と話す二人の目は、輝いているように感じました。

昼食は、ご近所さんからのお裾分けだという菜の花とイカ、たまねぎ、原木椎茸が入った春色のパスタです。

下北山は山村でありながら、熊野の海まで車で約40分という位置にあり、新鮮でおいしい海産物が手に入りやすい場所。おしゃべりをしながら皆で用意し、温かい春の風を感じながら食べるごはんは、何より贅沢なご馳走に感じられました。

午後からは、車で村内に繰り出します。まず立ち寄ったのは、この地で40年、アマゴとアユの養殖をされているという西村養魚場さん。

温かな笑顔の西村さんが気さくに迎えてくださり、広い槽の中をのびのびと泳ぐ魚たちを見学させていただきました。次に向かったのは住民の声から生まれた小さなライブラリー「ぽこぽん図書館」です。

村内外からの寄贈で集められた多種多様な本が並ぶ本棚を見学していると、この図書館を企画した山本典子さんや協力隊として「NPO法人サポートきなり」で活動する奥田深緒さんたちがお話し会を開いてくれました。ぬいぐるみが登場する歌と物語のオープニングに、絵本の読み聞かせ、紙芝居、紙人形劇……。子どもも大人も夢中になって、楽しい時間はあっという間に過ぎていきました。

帰り道、国内最大級のアーチ式ダム「池原ダム」に立ち寄ります。

ダム側はどこまでも続くような水面、対面側には下北山スポーツ公園が広がって、駐車場に停まる車の小ささが今立っている場所の高さを感じさせます。大人も子どもも一緒になって、恐々と覗き込んでいました。

二日目。この日は朝から村営の交流拠点「コワーキングスペースBIYORI」で、村役場職員である北直紀さん、上平俊さんと待ち合わせ。午前中は潔樹さんが興味のある林業について知るために、担当の北さんよりまずはお話を伺います。

下北山村にはどんな仕事の選択肢があるか、林業を生業とするならどういった働き方が可能なのか、地域おこし協力隊の制度や自伐型林業についてなど説明を受けた後、実際に現場を見に行くことに。


案内された「森のび」は、地域おこし協力隊OBの河野祐子さんと安井洋文さんが立ち上げた、森と人をつなぐ合同会社。リノベーションしたばかりという事務所二階の気持ちの良い空間で、河野さんから「森のび」の取り組みについてお話を伺いました。

お話しの後は、ヘルメットを被って山の中へ。河野さんの説明を受けながら、実際に道をつくり、間伐を行った場所を見学します。

木漏れ日の中、澄み切った空気を胸いっぱいに吸い込み、「気持ちいいなぁ」とつぶやく潔樹さん。山の雰囲気を肌で感じながら、次々に質問をされていました。

「実際に今仕事をしているところを、見に行ってみましょうか」と河野さん。

共に「森のび」を立ち上げた安井さんと現役の協力隊員・長柄久光さんが仕事中の現場に向かいます。大きな木を根元から伐り倒す作業を見るのは初めてという高野さんたち。少し離れたところから作業を見学し、安井さんたちの現在に至るまでの経緯、林業への想いなどを伺いました。

お昼を食べに一旦小野さん宅に戻ると、晴美さんがピラフと彩り豊かなサラダを用意して待ってくれていました。

昼食をとり、一休みしたら再び「BIYORI」に向かいます。午後からは地域振興課の上平さんに案内をお願いし、実際に入居可能な空き家を見学することになりました。

家の大きさ、庭の有無、価格やどの程度修繕が必要かなど、同じ村内でも条件はさまざま。「今より農的な暮らしに近づきたい」という想いを持って移住先を探している高野夫妻にとっては、村役場や診療所に近い国道沿いの家よりも、畑に囲まれた山沿いの古民家のほうが魅力的に感じられたようです。

しかし、昨今全国的に深刻化している獣害の厳しい現実は当然下北山村も例外ではなく、多くの畑は鹿や猿に荒らされることを防ぐため、柵とネットで箱状に囲われています。思い描いていた山里の風景とのギャップに、妻の詠子さんは衝撃を受けたようでした。

数件の空き家を見学した後、最後に村営の移住交流体験施設「むらんち」に立ち寄りました。かつてお好み焼き屋だった建物を、慶應義塾大学と大阪工業大学の学生・講師らが協力してリノベーションした施設で、1階にキッチン付きの交流スペース、2階は宿泊スペースとして村内外の人々の交流、来訪者の滞在のために利用されています。

村産木材をふんだんに使った心地よい空間に腰を下ろし、上平さんから、住まいのこと、暮らしのこと、子どもたちを取り巻く教育や生活環境などについてじっくりとお話を伺います。

子どもの頃から川に潜り、泳いだり魚を捕まえたりして遊んだこと、通学できる範囲に高校がないため、引っ越しするか寮に入るかなど、子どもたちは高校進学と同時に村を離れる場合が多いこと。山村ならではの魅力も、直面する課題も、Uターン経験者であり、この村で実際に子育てをしている親であり、地域振興に取り組む役場職員でもある上平さんのさまざまな目線で語られる現実に対し、話題は尽きることがありませんでした。

三日目の朝。朝食をとった後、潔樹さんと詠子さんは、今回の滞在で見たものや聞いたことを整理しながら振り返ります。

子どもたちが生まれた頃から移住先を探し始め、近畿以外にも四国、中国地方などさまざまな地域を見て回ったという高野さん。それぞれに良いところはあったけれど、今ひとつ踏み切れなかったそうです。

自分たちが望んでいる暮らしはどういうものなのか。何が足りないと感じていて、子どもたちにどういった環境で育ってほしいと思っているのか。長女の葉瑠ちゃんがこの春から小学校に入学するタイミングということもあり、いよいよこれからの生き方を定めたいという中で、じっくりと話し合う時間を過ごしました。

午後からは、初日にぽんぽこ図書館でお話し会を開いてくれた山本さんの畑を見せてもらいに行きました。

モグラ対策に水仙を植えたり、猿に狙われやすい果菜類と葉菜類を別の畑に植えるなどの工夫によって獣害ネットや柵を最低限に抑えた畑は、気持ちの良い姿をしていました。

下北山での最後の夜。交流会ではこの村に移住してこられた草野さんご夫妻と子どもたち、図書館で絵本を読んでくれた奥田さんご夫妻が来てくださり、近くのお弁当屋さん「天照」のオードブルを囲んで盛り上がりました。

お互いの自己紹介や村に移住した経緯に始まり、現在の暮らしぶり、仕事の話から、手作りの発酵食品の話まで。くだけた雰囲気で気兼ねなく話せる時間は、この三日間、高野夫妻が懸命に自分達と向き合ったことで少し煮詰まってしまった考えを、柔らかくほぐしてくれるひとときになったように感じられました。

地方に移住することは、ただ住む場所を選ぶという単純なことではなく、これからの生き方や家族の在り方を決める重要な決断だと思います。自分達にとって大切な条件と、言葉では表すことが難しい「肌に合う」という感覚、そしてご縁とタイミング。すべてが重なって初めて成立する人生の大きな転機が、高野さん家族にとって一番幸福な形で訪れますように。

事例に戻る