暮らす奥大和
Try Living in Okuyamato.
Organized by Nara Pref.

レポート 2023.4.1(Sat)

高校教諭とカメラマンの夫婦が人口450人の山村で過ごした3日間

写真・文=赤司研介(imato)

令和5年3月16日、「暮らす奥大和」上北山村編の初日。菜虫化蝶(なむしちょうとなる)季節となった人口約450人の小さな山村に、奈良市在住のカメラマン・辻野里保さんがやって来ました。夫で高校教諭の康平さんは仕事の都合で3日目から合流する予定です。

村役場で待ってくれていたのが、ホスト役を務める村在住の久米恭子さんと小谷雅美さん。お二人とも村外からの移住者です。

小谷さん:ようこそ上北山へ〜!!

お二人の満面の笑顔に、里保さんの顔も思わず綻びます。挨拶を交わした後は、村役場・企画政策課に勤める真下さんの案内で、オープンしたばかりという村営の移住体験住宅へ。なんと里保さんが利用者第一号とのことでした。

利用申し込みの書類手続きを終え、真下さんから施設の利用方法などのレクチャー、久米さんと小谷さんからそれぞれの簡単な自己紹介と上北山村についての説明を受けたら、さっそく外へと繰り出します。

玄関を出て空を見上げると、目に飛び込んでくる美しい山々、その向こうの抜けるような青空の手前で雲がひょっこり顔を覗かせていました。

久米さん:こんにちは〜今日は暖かくなりましたね! こちら移住体験住宅に来てくださった辻野さんです。

ご近所の奥田さんに、久米さんが里保さんを紹介している声が聞こえてきます。

話し声を聞きつけて続々と集まってくる奥村さんと藤川さん。気がつけば、図らずも上北山のワイワイと賑やかな日常が出現しました。

ご近所さんたちとの会話一通りを楽しんだら、お昼ごはんの調達に向かいます。行き先は、吉野地域の名産・柿の葉寿司で有名な「ゐざさ中谷本舗」。創業から100年以上の歴史を持つ老舗です。

久米さん・小谷さんが顔見知りの店員さんと言葉を交わしている間に里保さんが選んだのは、柿の葉寿司や笹巻き寿司、鯛の桜寿司、山菜巻き寿司などいろんな種類が楽しめる「木和田」。この品名、実は村の地区の名前がつけられており、「mossumo」として活動している空き家があるのが、これから行く木和田地区なのです。その話題でひと盛り上がりしながら、結局全員この「木和田」を購入し、いざ木和田地区へ。

小橡川の河原に腰を下ろし、三人は言葉を交わしながら昼食をいただきます。

ピーヒョロロロ!ピーヒョロロロ!

上空で旋回するトンビの鳴き声が山に反射して響きます。川がきれいなこと。久米さんが移住後に渓流釣りを楽しんでいること。アユやアマゴが本当においしいこと。川遊びが楽しいこと。美しい山のことや苔のこと。二人からの話に相槌を打ちつつ、言葉のひとつひとつを大切に受け取ろうとしている里保さんの姿が印象的でした。

続いて案内されたのは、二人が修繕している空き家、通称「木和田テラス」です。

小谷さん:本当にボロボロだったんですけど、このテラスの風景を見たら、絶対良い場所になるなと思って。

村の人口が少ないこと、当初の建物の様子、とにかく二人で掃除から始めたこと、レンタルスペースとして運営すること、ここからいろんなことが始まってほしいと思っていること。この場所への想いと共に、ゆっくりと、たくさんのお話を伺いました。

一旦体験住宅に戻りひとやすみしてから、上北山の中で一番南にある集落・白川地区へ。と思ったら、村唯一の交差点で、林業従事者で村議会議員でもある小松広一(ひろいち)さんとすれ違い、急遽プライベートのアトリエを見せていただけることに。連れて行ってもらったのは、川沿いにある一見倉庫のような建物。

ギギギギギーー。

門が開くと、中には広一さんの個性が炸裂した、唯一無二の空間が広がっていました。

入って右手のスペースには、真ん中に薪ストーブ、その奥の壁には大小さまざまなノコギリをはじめ、家にあったという山行きの道具や、数々の木工工具が整然と並んでいました。広一さんの几帳面かつ道具を大切にする心が表れているようでした。

入って左のスペースには、囲炉裏やステージが設えてあり、大学の研究室の学生たちが訪れたときなどはみんなで食事をしたり、村の方々とカラオケをしたりすることもあるそうです。周囲には民家がないため、騒音問題は皆無だとか。

久米さん:これ全部広一さんが一人でつくったんですよね?
広一さん:そう。これなんか大変やったわ(笑)。

広一さんが指差したのは、頭上につくられた材木置き場。

里保さん:これ、どうやって一人でつくるんですか?(笑)

買う生活が当たり前の街暮らしからは想像もつかない“つくる”技術と能力に、一同驚きを隠せませんでした。

広一さんのアトリエを出た後は、白川集落を散策。お隣の下北山村につくられた池原ダムの影響で、もともとあった白川集落はダム湖の底に沈んでおり、現在の集落はダム建設の際に新設された住宅地なのだと久米さん・小谷さんは教えてくれました。

当日はダムの水が少なくなっていて、湖に沈んだお寺の石垣が出現していました。

道すがら、ミツマタの木が黄色い花を咲かせていました。そういえば、村に入ってからあちらこちらでミツマタを見かけます。

久米さん:富山さんという方と広一さんが、15年ほど前に村おこしにとミツマタの苗木を村の方々に配ったんだそうです。それが方々で育ってきたんですね。

その話題から「群生地があるから行ってみよう」ということになり、村の北側の河合地区へ移動。車を降りると、杉木立の足元に無数のミツマタが群れを成していました。

これぞ人の思いが成せる技。損か得かではなく、村を盛り上げたい、たくさんの人に来てもらいたい、美しい花を見て幸せな気持ちになってほしい。そんな故人の思いを、群生するミツマタが伝えているようにも見えました。

そして、話題は三人の足元にある苔の話に。久米さん・小谷さんの屋号「mossumo」は「moss(苔)」と「住もう」を掛け合わせた造語。屋号に苔の要素を入れるほど、二人は苔が大好きなのです。

小谷さん:このルーペでこの辺を見てみて。そこに森が広がってるから。

里保さん:うわ、すごい!

小谷さん:ずっと見てられるでしょ!?(笑) 上北山村は「日本の貴重な苔の森」に選定されるほど、苔が豊富なんですよ。

これまで見たことのないミクロの視点で出会う森に、里保さんは興味津々の様子でした。時間も夕方に差し掛かり、移住体験住宅に戻ると、三人を呼び止めるの声がします。

奥村さん:白菜がありすぎて、春野菜を植えたいから食べてくれない?

目を見張るほど大きく綺麗な白菜たち。夜に開催予定の交流会で、みんなで食べる鍋の具材にぴったりです。

交流会場は小谷さんが経営する「民宿100年」。みんなで手分けして晩ごはんづくりが終わった頃、地域の方々が次々と訪ねてきてくれました。総勢10人で里保さんを囲んで、ちょっとお酒も飲みながら、ワイワイと楽しい時間を過ごします。

途中、里保さんが撮る写真の話題になり、その美しさにみんな大盛り上がり。里保さんのインスタグラムフォロワーに、上北山女性たちが名を連ねたことは言うまでもありません。楽しい時間はあっという間に過ぎていき、こうして初日は幕を下ろしました。

そして2日目。

昨日とは打って変わって、湿気を帯びた曇り空の朝。また晴れの日は異なる表情を周囲の自然が見せてくれています。

まずは小谷さんと、小谷家の猟犬ナツと一緒に川沿い散歩からスタート。

スギやヒノキの植林がなされた山。急峻で木を植えられなかったため、雑木が伐られず残っている広葉樹の山。昔の人たちが通っていた山の中の旧道を歩いて回る、登山ガイドの小谷さんのマイプロジェクトのこと。リードを外してもらい、あちこちを伸び伸び走り回るナツくんの行動をおもしろがりながら、二人はたくさんの言葉を交換します。

小谷さん曰く、苔好きのあいだでも人気の高い「タマゴケ」が、あちこちに生息していました。

ゆっくり、じっくり歩く二人。気がつけばうっかり2時間ほどが過ぎていました。少し急いで来た道を戻り、久米さんと合流。民宿100年の食材の仕入れに同行して、アマゴの養殖場を訪ねます。

続いてお昼ごはんの調達のために、村の商店のひとつ「梅屋」へ。

購入した食事を一緒に食べたら、ここで小谷さんは一旦、民宿のお客さん対応のために自宅へ。

久米さんと里保さんはひとやすみしてから、久米さんが住む西原地区にある移住者向け賃貸住宅の内見に向かいます。こちらも最近改修が終わったばかりの物件だそう。

「私も完成してから中に入るのは初めてなんです」という久米さん。村に新たな明かりが灯る場所ができて、とてもうれしそうです。引き戸を開けて中に入ると、村の木材を使った、新旧が美しく融合した改修がなされていました。

広々としたキッチンダイニング。お店もできそうなリビングルーム。「自分たちが暮らすなら……」と、想像が膨らみます。古い内装がそのまま生かされた板間に入ったとき、里保さんがひとつの夢を告白してくれました。

里保さん:私、実は自宅でたこ焼き屋さんできたらいいなって思ってて(笑)。

道に面した板間の窓は大きく開き、たこ焼き屋だってできそうです。実際に住むことができる物件や間取りを見て、里保さんのインスピレーションが刺激された瞬間でした。

続いてもう一軒、河合地区にある移住者向け賃貸物件を見に行きました。住宅の改修にも少し関わっている久米さんの口からは、建物への想いが溢れて、不動産屋さながらのプレゼンテーションが行われます。

現在夫婦二人暮らしの里保さんには、先ほどの大きな物件よりも、こちらのこじんまりとした平家のほうがイメージに合うようで、興味深そうに各部屋を見て回っていました。

久米さん:近くに来たから、もう一箇所寄ってもいいですか? 私のパンづくりの先生のところに。

久米さんがそう言いながら連れていってくれたのは、更谷さんのお宅。亡くなったご主人の話や、出身であるダム湖に沈む前の白川地区の様子を、懐かしみながら話してくださいました。

パンづくりのほか、いろんなものを自分で研究してつくるのが日課だという更谷さん。この日も桜餅をつくっていらっしゃって、「失敗、少し色をつけ過ぎた」と笑う笑顔がとてもチャーミングでした。

そしてこの日の最後に案内されたのが、旧上北山小学校を活用した「とちの木センター」。教育委員会や住民団体、ホテルを運営する社団法人など、村のさまざまな組織の事務所、歴史資料の展示室などとして利用され、村民向けの子育てスペースや運動ができるジム、コインランドリーなども併設されています。

歴史資料展示室で、上北山の昔の様子を垣間見たあと、広々とした子育てスペースにお邪魔すると、お母さんと子どもたちが車のおもちゃで遊んだり、絵本を読んだり、雑談したりしながら賑やかに過ごしていました。

将来、自分が子どもを持ったとしたら、村ではどんな子育てができて、どんな教育を受けられるのか。お母さんたちの子育てのリアルな言葉に、里保さんは耳を傾けていました。

2日目の行程はこれで終了。体験住宅に戻り、晩ごはんを準備します。メインディッシュは、知り合いの方に分けていただいたアマゴです。

久米さん:頭から骨まで全部食べれますよ。

そう促された里保さんは、思い切って頭からガブリ。もぐもぐと口を動かします。

里保さん:おいしい!

上北山の幸に舌鼓を打ちながらたくさんの話をするうちに、2日目の夜も更けていきました。

そしてローカルステイ最終日の3日目。天候はあいにくの雨ですが、それはそれでいい雰囲気の朝、夫の康平さんがやってきました。

まずは小谷さんに会いに、ご近所の「民宿100年」へ。

続いて、久米さんが所属する地域活性団体「がんばろらえ!かみきた」が主催する「むらあるきスタンプラリー」に参加するため、河合地区にある道の駅に向かいます。

このスタンプラリーは、毎回開催地区を変え、普段は歩けない場所を村内外の人に歩いてもらえるようにと企画しているイベントです。久米さんは、「集落の中を歩くと、知らなかったおもしろいものや人に出会えたりします。そういう偶然を楽しんでもらえたらと思って、コツコツ続けています」と、その意図を話してくれました。

渡された地図に描かれたルート上のチェックポイントにはクイズが用意されており、正解をひとつずつ集めていくと、ひとつの文章ができあがるようです。小雨が降る中ですが、辻野夫妻は楽しそうに歩き始めました。

県の無形文化財として知られる「弓引き行事」で有名な景徳寺。
ここにもミツマタが咲いていました。

気がつけば雨は上がり、普段であれば歩くはずもない初めて訪ねた集落の中を、二人は力を合わせて進んでいきます。

コインランドリーに書いてあった標語。

1時間半ほどの道のりを歩き、スタート地点へ戻ってきた頃には、祝福されているかのような晴れ模様になりました。地域おこし協力隊を卒業した後、キッチンカーを手づくりし食事の提供を行なっている塚原浩一さんお手製のスパイスカレーが、この日のお昼ごはんです。

宿の掃除を終えた小谷さんも合流し、川沿いにつくられたデッキスペースでカレーをいただきます。

今日からやってきた康平さんには、小谷さんから改めて苔のレクチャーが。

ルーペの先に広がる見たことのない景色に、康平さんも「うわ、すごい!」と、昨日の里保さんと同じリアクション。辻野夫妻の仲の良さを感じる瞬間でした。

道の駅のスタンプラリー受付に戻り、クイズの解答に正解した二人。しかし、最後の難関が待ち構えていました。

久米さん:景品を受け取るためには、俳句を一句お願いします!(笑)

ここでまさかの俳句というお題。国語教師の康平さんは、「せっかくだからいい句を詠みたい」とウンウン頭を捻ります。里保さんも慣れない俳句にやや苦戦している様子。

でも、最終的には、若い二人らしい、上北山での体験が描かれた、とても素敵な句ができあがりました。

そして、康平さんにも見てもらいたいと、移住者向け賃貸住宅を再訪。

二人で見る物件は、昨日に増して想像力を掻き立てるようで、「キッチンいいね」「この棚いいなぁ」など会話も弾みます。縁側の窓を開け、腰を下ろして外を眺めると、目の前には雄大な山の景色が広がっていました。

最後は、村が新設している保育園を訪問。まだ建設中のため外からの見学になりましたが、新たな子育ての拠点を覗いたことで、将来ここで暮らすことになった際のイメージを二人に渡すことができたのではないかと思いました。

こうして、辻野夫妻の3日間の「暮らす奥大和」上北山村編は閉幕。別れ際は、お互いに感謝の気持ちを伝え合う、なんとも温かい時間となりました。

久米さん:来てくれたのが辻野さん夫妻でよかったです。そして、改めて私自身が上北山村っていいなあ……と思えました! ありがとうございました。

小谷さん:楽しかったなぁ……お二人とも、来てくれてほんとにありがとう〜! もちろん、上北に移住してもらえたらうれしいけど、これから何かで関わってもらえるだけでもすごくうれしいです。二人がこれから歩んでいく人生がすばらしいものになりますように。その道中、上北で過ごす時間もたくさんありますように。

里保さん:たくさん村のことを教えていただいたり、お忙しい中、準備の段階から当日まで本当にありがとうございました。また何度でも訪れたいと思う人や場所に出会えて、とっても豊かな3日間でした。また近々お会いできる日を楽しみにしています。

世の中に起こるすべては、縁の賜物であるとも言えます。今すぐに、辻野夫妻が上北山へ移住することは難しいかもしれません。でも、久米さん・小谷さんとの間に生まれた関係、そして、お二人に案内されなければ出会うことのできなかった人々とのつながりは、確実に辻野夫妻の心と体に宿り、その後の人生に影響する経験となりました。

これから続く上北山とのご縁の中で、その種がいつか芽吹き、ふたりがここへ移住する日がいつかやってくることになればいいなとしみじみ思う、3日間のローカルステイでした。

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