文=大窪宏美・赤司研介(imato)
写真=村上由希映
寒さ極まる、まさに大寒の1月20日。上北山村の道の駅駐車場に、一人の若者が降り立ちました。彼の名前は渡部智大さん、27歳。奈良市在住で、現在は天理市の工場に勤めていますが、実は元自衛隊員。猟師という生き方に関心が高まり、今回「暮らす奥大和」に応募、参加することになったのです。
久米さん:こんばんは!寒いですね!
道の駅で渡部さんを待っていたのは、ホスト役の久米恭子さん。自身も岐阜県からの移住組である久米さんは、同じく移住者の小谷雅美さんと二人で「mossumo」というユニットを立ち上げ、「苔と暮らしを考える」をテーマに、空き家が楽しく活用されていく状況をつくりたいと活動しています。
簡単な挨拶を交わし、まずは宿泊先となる移住体験住宅「ことちのいえ」へ。
久米さん:ここがキッチンで、ここがお風呂で、これが村の情報を得られるタブレットで、Wi-Fiも飛んでます。
村から施設の運営を任されている久米さんの説明は、とても手慣れたもの。ニコニコと、テキパキと、時にユーモアを交えながら……久米さんの建物への愛情が伝わる時間です。
利用申込書に判子を押して……手続きが終わったら、久米さんの相方・小谷雅美さんが女将を務める民宿100年に徒歩で向かいます。
3分ほど歩いて、到着。扉を開けると、こたつの上に、容器いっぱいにごはんとおかずが詰められた、ボリュームたっぷりのお弁当が用意されていました。
これは、上北山村在住の元地域おこし協力隊・塚原浩一さんがつくってくれたもの。塚原さんは、協力隊を卒業後、キッチンカーで村内の人たちに食事を届ける活動をされています。
小谷さん:ようこそ、智大くん! また会えたね!
そう、実は小谷さんと渡部さんは以前会ったことがあるのです。ある時、猟師になりたいと思った渡部さんは周囲に相談し、あちこちの田舎を見て回るなかで、小谷さんのもとにも訪ねてきていたのでした。
お弁当をモグモグと頬張りながら、二人をつないでくれた人の話、明日からの予定、「大台ヶ原が恋人です」というユニークな写真家さんがいる話など、初日の冒頭から話は尽きません。
楽しい時間はあっという間。食後のコーヒーをいただいて、初日が幕を閉じました。
翌朝は8:00集合。体験住宅からほど近い広場に、スズキジムニーが停まっていました。
待ってくれていたのは、2021年に村へ移住し、3年目となる猟師の大野正弘さん。長年酒屋を経営したり、ハウスクリーニングの仕事をしたりしたのちに、上北山村へたどり着いたそう。
大野さんが毎朝欠かさず行うという、罠の見回りに同行させていただきました。
行き慣れた道を運転しながら、罠を仕掛けるポイントの選び方、餌の置き方、猪と鹿の通る道の違いなど、大野さんは自身の経験を惜しみなくシェアしてくれます。やがて、あるポイントに差し掛かると、大野さんは停車し、車を降りて荷台から米ぬかの入ったバケツを下ろしました。
米ぬかは鹿の好物。これを撒いて、罠に誘き寄せるのです。
大野さん:ほれ、いくよ。
大野さんに促されて、渡部さんもついてきます。二人は道路から入った傾斜を登りながら、何箇所かに分けて餌をまいていきます。
なぜここなのか、どういう変化が見てとれたのか。餌の減り具合などを見て、獲物が来ているのか、来ていないのか、来ているなら次はどうするか。猟師の仕事の大半は、動物の心を読み解くことなのかもしれないと感じました。
そうして罠の見回りを終えた一行は、猟で捕らえた獲物の処理を体験するため、「上北山特産加工センター」へ向かいます。ここは、村内在住の現役猟師・原口清隆さんを中心に、獣肉利活用事業の一環として開業した県内初の獣肉処理施設だそう。先に着いて準備をしてくれていた大野さんと小谷さんの説明を受けながら、獲物の解体に取りかかります。
今日は罠に獲物がかからなかったため、猟犬が山で不意に噛みついて殺してしまったウリ坊(猪の子ども)を解体させてもらうことに。大きな冷蔵庫から出てきた小さなウリ坊は、既に内臓を取り出す処理がされていて、もちろん息はありません。
それでも、ほぼ生きていたままの姿と向き合うと、食料品売り場で目にするような、食材としてのお肉を見るのとはまた違った、特有の緊張感が加工場内に広がります。「命をいただく」ということの切迫した生々しさを、肌で感じる機会となりました。
大野さんと小谷さんが少しずつ解体作業を進めていたところ、お二人の師匠である原口さんが駆けつけてくれました。
原口さん:はじめまして。よろしくお願いします。
挨拶を交わし、原口さん指導のもと、引き続き作業を進めます。
原口さん:こりゃ今までで一番おっきな獲物やなぁ~。ほら、そこ持ってひっくり返して。肉に毛がついたりしやんように……。鹿はな、メスは冬に脂を蓄えておいしいんやけども、オスは秋までのほうがいい。繁殖期に餌も食べずにメスを追いかけて痩せてしまうから。人間もそんなやつおるやろ(笑)。
お茶目な性格の原口さんは、時折冗談も交えて空気を和ませつつ、分かりやすく的確に先導し、時には自らやって見せて、一つひとつ丁寧に解体の技を解説してくれます。その言葉に耳を傾け、原口さんのナイフを持つ手元をじっと見つめる渡部さんも、小谷さんが半身の皮を剥ぎ終えたところで、実際に作業をしてみることに。
猪を捌くのはもちろん初めてのことですが、実は調理師専門学校を卒業しており、調理師免許を持つ渡部さん。包丁の扱いに慣れていることは一目瞭然で、初めてとは思えないスムーズな手つきに、周囲からは「さすが!」と声が上がります。
原口さん:同じことだけずっとやるより、いろんな事経験しといたほうがええわ。何か一つのことしかできへんやつは、田舎では生きていけへん。
「仕事と暮らしがつながっている生活がしたい」と話し、これからを模索する渡部さんに、原口さんは自身の歩んできた道も振り返りながら、寄り添う言葉をかけてくれます。
原口さん:他がやってないことを自分で見つけて、仕事にしやなあかん。自分がお金を払う立場になって考えれば、何をすべきか見えてくるもんや。長いスパンで見て、最初は他でも働きながら、少しずつやりたいことで生きていけるように準備したらええ。
親身になって紡がれるその言葉には、原口さんの温かな人柄が滲んでいました。そして解体を終えて加工センターを後にした一行は、お昼ごはんを調達するため「梅屋」さんに立ち寄ります。
ここは村内にある商店のひとつで、熊野から仕入れる魚や野菜、加工品、日用品などが揃う、地域住民にとって無くてはならない場所です。それぞれに購入したお昼ご飯を持って、民宿100年へ。食事を終えて一息ついたら、久米さんの車で村内散策へ出かけます。
河合、小橡(ことち)、白川、西原の4集落が点在する上北山村。入居可能な住宅は明日内見もできるということで、今日は各集落の大まかな様子や位置関係を確認しながら、村の歴史や文化にも触れるため、お寺なども案内してもらうことになりました。
まずは村の一番南側に位置する白川地区へ。
住宅地を見守るように建っている曹洞宗のお寺「林泉寺」を見学します。ここには害虫駆除サービスの会社の依頼で彫刻家の天野裕夫さんが制作した「護鬼佛理天像(ごきぶりてんぞう)」とが祀られている、知る人ぞ知るお寺。
すっきりと整えられた境内を見学し、階段の先に見えるダム湖に目をやると、ダム建設時に底に沈んだ旧白川集落の名残である寺跡の石垣が見えていました。
再び車に乗り込み、来た道を引き返して次は河合地区へ。車内で空き家情報など説明を受けながら、旧小学校校舎をリニューアルした「とちの木センター」を訪れました。
ここは地域の多世代交流の拠点として整備されていて、シェアオフィスや合宿施設、コインランドリーがあるほか、体育館は村民が自由に利用できるスポーツジムになっています。
とちの木センターを出発し、一行は北端の西原地区へ。車でぐるりと見て回るだけでしたが、車内では久米さんから地域にまつわるお話が次々と語られます。
久米さん:夏には「虫送り」という伝統行事が行われます。この先にお墓がある『車僧禅師』は、牛も繋がない車を法力によって自在に乗りこなした、なんて話も残っているんですよ。
自らが住まう西原地区と上北山村について、イキイキと紹介してくれる久米さんの表情や声からは、この土地への深い愛情と、ここで暮らすことへの誇りのようなものが感じられました。
宿に戻る途中、後南朝ゆかりの寺といわれる「瀧川寺(りゅうせんじ)」に立ち寄ります。境内には南朝方天皇の末裔「自天皇(北山宮)」のお墓があり、宮内庁が管理しているそう。
偶然お会いできたご住職に挨拶をして、立派な本堂で手を合わせ、静かな時間を過ごしました。
民宿100年に戻ると、小谷さんと元地域おこし協力隊の大橋さんが今夜の交流会の準備を進めてくれていました。メインの食材はなんと、小谷さんの今年最初の獲物の鹿肉です。大橋さんは、上北山村に本店がある「ゐざさ(中谷本舗)」の柿の葉寿司や笹巻き寿司を差し入れしてくれました。
鹿まん・鹿春巻き・鹿肉コロッケ・鹿肉のスパイス煮込みに、ローストベニソン(鹿肉のローストビーフ風)のサラダ仕立て。見たこともないような、ここでしか味わえない唯一無二のおもてなし料理の数々。
次々においしそうな料理ができあがるなか、渡部さんに出会いに村の人たちが続々と集まってきました。
朝からお世話になった大野さん、到着した晩のお弁当を作ってくれた塚原さん、吉野熊野国立公園の中心に位置する大台ヶ原を撮り続ける写真家の三橋さん、役場職員の真下さん、小谷さんの夫の隆司さんと次男の海くん、そして、斑鳩町と上北山村の二拠点で活動し、現在小橡集落内の木和田地区にある古民家を自らの手で改修中の村上さん夫妻。
年齢も経歴も様々ですが、みんな上北山村が好きで、ここで暮らし、この村に関わり続けたいという想いをもつ者同士。それぞれに立場は違えど、話題は尽きることがありません。大野さんが差し入れてくれた、山で採れた天然舞茸がたっぷり入った土鍋ご飯も炊きあがったところで、一同仕切り直しの乾杯をし、お料理を囲んで宴会が始まりました。
かんぱ~い!
村の先輩方に囲まれて少し緊張気味だった渡部さんも、おいしいお料理とお酒、皆さんの温かい雰囲気に、少しずつ表情がほぐれていきます。
村の生活の話題はもちろん、これまでの経験や趣味、人生観など、話はどんどん広がって、ついさっき初めて顔を合わせた同士とは思えないような、和やかで熱い夜となりました。
そして、三日目の朝を迎えました。
山から空へと雨が帰り、雲間から光が差し込む神秘的な景色の中、小谷さんは猟犬ナツのお散歩と見回りに出かけます。
昨夜の楽しい記憶を思い返しながらおしゃべりをして、コーヒーを淹れたり、写真を撮ったりと、各々にゆったりと朝の時間を過ごすことにしました。
民宿100年で昼食を済ませ、地域おこし協力隊や移住支援の制度などについて役場職員の神林さんから説明を受けるため、河合地区にあるホテル「フォレストかみきた」に向かいます。
ロビーで待ってくださっていた神林さんは、協力隊として村にやってくる場合の基本的な条件や、具体的な活動内容など、過去のメンバーの例を挙げて詳しく説明してくださいます。渡部さんも、社会保険の制度や任期終了後のことなど、質問を交えつつ、資料に目を通しながら真剣に聞き入っていました。
説明を受けた後は、現在入居可能な空き家を見て回ります。まず訪れたのは、小橡地区にある村営住宅。二階建ての窓からは、すぐ近くを流れる小橡川を眺めることができ、景色も日当たりも良好。収納もたっぷりあって、一人暮らしには十分すぎるくらいの広さです。
じっくり建物を見た後は、この団地内に住む元協力隊員の西岡さんを訪ねました。
2016年にご夫婦で上北山村に移住してきた西岡さん。「田舎で子育てがしたい」という思いで移住先を探し、この上北山村に決めてよかったと話した上で、病院が遠い、子どもは高校進学時に村を出なければならないといった街と比べて不便な点も、包み隠さず伝えてくださいました。
次は河合地区にある、単身者向け村営住宅に向かいます。
できたばかりというこの住宅は、ロフトのついたすっきりとした平屋で、都会にある一人暮らし用の新築アパートのような装い。いかにもといった田舎暮らしの雰囲気はありませんが、身軽に入居して、いつでも生活を始められそうな様子です。
初めて中に入るという小谷さんと久米さんも、ロフトに上がってみたり、クローゼットを覗いてみたりと、大盛り上がり。「まずは村に住んでみよう」と気軽に田舎暮らしのスタートを切れそうな、そんな明るさのある物件でした。
そして、最後に訪れたのは、西原地区の集合住宅。
こちらは築年数を重ねた建物ではありますが、二階建てで、山に面した2~3畳ほどのベランダがあり、夏の夜、飲み物片手に星を眺めたら気持ちいいだろうなぁ……と想像をかき立てられるようなお家です。
西原地区在住の久米さんからの具体的なアドバイスも交え、じっくりと探索して部屋を後にしました。
それぞれに個性のある空き家の内見を終え、案内してくださった神林さんに感謝を伝えてお別れします。最後に久米さんと小谷さんが改修中の「木和田テラス」を訪れることになりました。
到着すると、そこには昨日の交流会にも参加してくださった村上弘好さんの姿がありました。実はこの木和田テラスのすぐ隣の民家が、村上さん夫妻の上北山村でのアトリエ兼住まい。弘好さんは、自ら改修作業を行いながら、同時に木和田テラスの修繕作業も手伝っているとのことでした。
小橡川に面した平屋の古民家は、大きなガラス戸から自然光がたっぷりと入ってくる居心地のよい空間。
村上さん:ちょっと、一回みんなで寝転がってみて。
村上さんのお言葉に甘えてごろんっと横になり目をつぶれば、薪ストーブの温もりと川を流れる水音に包まれて、ふんわりと身体の力が抜けていく心地に。
ふ~っと息を吐き、ゆっくり吸い込んで、なんだか心も身体も軽くなったような気がしました。むくっと起き上がり、そのままガラス越しに川の流れを見つめ、今回の滞在を振り返ります。
生活と仕事が隔てられていることに違和感を感じ、今の暮らしを変えたいという思いで上北山村にやってきた渡部さん。猟に同行したり、初めての解体を経験したり、村の人たちと語り合ったり、じっと山を見つめたり。短かったようで、濃密だったこの三日間が渡部さんの目にはどんなふうに映ったのかは、当然ですがこの時はわかりませんでした。ですが、後日、うれしいメールが届きました。
地域おこし協力隊に合格しました。ご報告までに。
どうやら、この山村で営まれる、土と水の匂いに満ちた暮らしの中に、渡部さんの探し求めていた生き方のかけらが見つかったようです。
こうして、二年目の「暮らす奥大和」上北山村編は幕を閉じました。まずは、協力隊として活動する渡部さんの上北山村での3年間が、豊かなものでありますように。
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